またも久しぶりミサ 集会祭儀で思ったこと



自分の所属教会に二ヶ月ぶりに。

集会祭儀で、これまたずいぶん久しぶり。

朝から体調悪くて遅刻したけど。



集会祭儀というのは、司祭がいなくて信徒達で
神さまに捧げるので

ミサの代わりではないです。

ミサは司祭(神父さん)がいないと出来ません。

で、司祭がミサを執り行えない時

信徒が、主の日(日曜)に主に何かしたい~、
または主のことを皆で考えたい、などの

切実なる思いがある時のために
この集会祭儀があります。


まあ、ミサだって思いは同じ。

ミサに与るのはクリスチャンの義務ではない。
義務でくるなら、来なくていいんじゃないかな
と、はみ出しクリスチャンのインマニエルリセットは思います。

行きたいから、いく
イエスにガチンコで会いたいから行く
御言葉に飢えるから、御聖体に飢えるから
飢えを鎮めるために行く
イエスに聞いて欲しいことがあるから行く

教会のみんなに会いたいから行く、でも良い


みんなでイエスを囲んでね





今、日本は神父さまが足りない


みんなで何年も前から神さまにお願いしています

神さま、おめがねに叶う方減りましたか??



世の中が喧しく、神さまの呼ぶ声が聞こえないのかな

人間はなくしてみないと、真実がわからないのかもしれない。


なくす前の警告は、ワガママや異端や取り越し苦労だと思うのかもしれない。



原発もそうかもしれない

沖縄もそうかもしれない

憲法もそうかもしれない



今、沖縄が日本からなくなるなんて誰も思わない

今、人権がなくなるなんて誰も思わない

日本から住めるところがなくなるなんて誰も思わない

平和がなくなるなんて誰も思わない




でも、少しの油断でなくなるんだ

ほんの10年、いや5年で充分だ

そして代わりはない

後悔と闇が残るだけだ




そんなことを思う日曜でした。









原風景



二年前

小松の加茂整形外科に入院していた時のこと

日曜は治療もなく、わたしは朝から
タクシーで1200円くらいのところにある
カトリック小松教会のミサに行っていた。

小松の神父さまは
花道茶道免許皆伝のイタリアの方で
併設幼稚園の園長さんでもあり、もう80歳超え


入院生活は過去記事にあるが
そんな中、ある人が
リハビリのためにある楽器を練習していた。

足裏の筋肉の激痛で立つのも座るのもつらい
が、楽器を演奏する時は立つか座るしかないから痛々しい

それでもちょっとづつ長く演奏出来るようになり
アヴェマリアとかやってた

ふと、それ教会でやれたら気持ちいいね~なんて
言ったら

やりたいっ! と。

他の子も行ったことない、応援したいし行きたいっ!! と。

中には勧誘されるから嫌だって子とか
キリスト教とか気持ち悪いとか、いってた



次の日曜
ミサのあと、厚かましくも神父さまに伺ったら

満面の笑顔で、

「おお!! 母マリア喜ぶね、イエスさまも
母マリアがうれしいから喜ぶね」、と快諾


加茂先生も喜んでくれて、行っといで、と。


それから何日かしてみんなで教会に行き
彼の演奏を聴いた


いつもより長い時間立ててるよ~(泣)

アヴェマリアも演奏した
コンドルが飛んでいくとか

彼の演奏を聞いて、立っている姿みて

みんな痛いの忘れて聴いた、泣いた、泣いた
なんだかわからないけれど、泣いて泣いて泣いて


終わったら、神父さまが

今日は教会では世界病者の日です。
母マリアが見守って下さってますね。

マリアさま来てくれて喜んでますよ、ほらここから見て喜んでいらっしゃるね~

イエスさまはほら、あそこで羊抱いてるね
喜んでいらっしゃるね


みんなはあれは、あの羊は自分だと思った
あれ、わたしね
あれは俺だよ、、と、口々に言い合って。



神父さまは
みんなに宝物をプレゼントしよ、と

なんと全員にアンティークメダイ下さって
お菓子まで下さって


みんな感激 涙涙涙 涙の洪水
みんな神父さま大好きになって

仲違いしていた人も仲直りの一歩



わたし以外教会なんて入ったことがない人ばかり

もちろん神父さまなんて「生」でみたことない



神父さまの笑顔

イエスと母マリアに対しての愛に満ちて

まるでイエスと母マリアとその子、神父さまの
あったかい家に招かれたみたいだった。


そこには聖書に書いてある通りの癒やしの秘跡が
在った




それからみんな加茂整形外科から卒業して

でもあの日、あの時のこと忘れてない


信者になんかならなくていい

キリストは疲れ果てた人々を癒やしたいだけなんだから





たぶんお寺や神社でも同じことは起こったと思う

キリスト教だけが違うなんて思わないし。



でも疲れ果てた時、
フラリと無限無形悠久、壁をもたない存在に
涙も怒りも預ける場所があることは幸いだ。

みんなにもそんな場所があるといいなあと思う。









また逢う日まで

聖歌



神ともにいまして 行く道を守り

天の御糧もて 力を与えませ

また会う日まで また会う日まで

神の守り 汝(な)が身を離れざれ



荒れ野を行くときも 嵐吹くときも

行く手を示して 絶えず導きませ

また会う日まで また会う日まで

神の守り 汝が身を離れざれ



御門 に入る日まで 慈しみ広き

御翼の蔭に 絶えず育みませ

また会う日まで また会う日まで

神の守り 汝が身を離れざれ





今夜はFather Daniel の通夜でした。



とてもとても温かな通夜でした。



Father Danielの生きた軌跡を

神と歩き、文字通り宣教に生きた軌跡を

Fatherが育て愛した若いFather達が
いっぱい教えてくれました。




お陰でたくさんの兄弟姉妹とFatherの愛を

分かち合うことができました。



意志の欠片を預かりました。

さあ、歩きはじめなくては。



Father



顔みたら、いっぱい泣いてしまいました。

ビデオで声を聞いていっぱい泣いてしまいました。



また逢う日まで


Father Daniel


愛してくれてありがとう。













Father Daniel わたし もう大丈夫ですよ


Father Daniel

いつも、どんな時も迎えてくれた瞳

祝福を与えてくださった手の力強さ

けして忘れない


Father Daniel

福音をつげるあなたの声

白のストラ

聖杯

けして忘れない


Father Daniel

Father Daniel


泣かない

泣かないよ

Father Daniel


あの時も

あの時も

あの時も

苦しくてのたうち回る日々を

Father Daniel

護り導いてくれた



わたしの全ての苦しみを知っていてくれたのは

あなたと

キリスト以外になく





あなたはキリストの宝


祈りましょう、と誘うあなたの声が聴こえる

わたしはあなたをお遣わしになったキリストに
賛美の祈りを捧げましょう

Father Danielが平和でありますように

Father Danielの家族が平和でありますように

Father Danielの預かった羊が平和でありますように

私に、平和がありますように




Father Daniel

あなたはわたしを棺の前で導いた

ここが終わりではない、と




Father Daniel

あなたは旅立つ

偉大な宝物を証して



Father Daniel

さようなら

また逢う日まで











わたしが曲がりなりにもクリスチャンで

教会から離れてはいても

キリストから忘れられないでいられるのは




Father Daniel


あなたの司牧の賜物です。


あなたは、親が子には硬いパンはスープに浸して
柔らかくして与えるように

苦い葉は、苦いままで、「知る」ように

「在る」は「内に在る」「いつも在る」なのだと

イエスキリストに向かわせて下さった




そして、あらゆる意味で

現実的にも
霊的にも
精神的にも
クリスチャンとしても


守ってくださった



Father Daniel

貴方が

イエスから召されたと聞き

涙の一夜の夢のあと



わたしは今までにない程

リラックスしている。




Father Daniel


あなたは天国でもわたしを司牧してくださる


だからもう


わたしはこわくない。


あなたが先にいらっしゃるなら


わたしは死をおそれない


イエスに逢うのは怖かったけれど

あなたがいらっしゃるなら大丈夫。




死をおそれないなら

生きていることも怖れないでいられるかな

生きよう、と思うようになるでしょう


Father Daniel






Kuenji Kanpata Daniel

Father Daniel


わたしは忘れない







ありがとう

ありがとう

ありがとう



沈黙

エクソシストと言えば、いま、遠藤周作の

「沈黙」が上映中

良かったらどうぞ。



この作品の原作、クリスチャンになる前は
全く、面白いとは思わなかった
くどいし、暗いし むかつくし 神さま分らんし 笑

クリスチャンになりたての頃も
あんまり好きじゃなかった

今は、好きじゃないけど、共鳴する自分がいる。
弱い、小さい、暗い、負ける、逃げる、卑怯
見栄張り、情けない、責任転嫁する、まだまだ
あるけど、そんな自分がいる。



教会に通い、いろんなことに触れ

神父も人なんだと、学んだ。


人だからこそ、神父も苦悩する

神父だからこそ、恐れ苦悩する

人は神に引き合わされたら、苦悩するのか


生涯
神と共にある歓びは苦悩や苦痛と抱き合わせ
ではないかと思う

救われたいという痛み

信じる痛み

信じきれなかった時の凍る痛み

見放された感満載なときの暗い孤独の痛み

不在を疑う痛み



クリスチャンじゃない人は
神を「愛してもらいたい人」に置き換えたら
わかるかなあ

この厄介な煩悩は、、、



人の子、、、という呼び名は最近のコミックスに
よく出てくる

夏目友人帳とかね。



あやかし、と呼ばれる妖怪がよくこの名で呼ぶ


人の子

人の子

不思議な言葉


〈川柳〉

神の子と 呼ばれ自分の 小さき知る

神の声が 示唆したという 殺人鬼

神の声 聞こえぬが花 凡人は

神求め 底打ちの日に もがき這う

生きている間は神の返事なし

神さまを 求める自分に酔った夜

しかししかし 神はわたしと共にあり





プロフィール

リセット

Author:リセット
2013年 7月からの新米乳がん患者。

2013.07 告知
2013.08 休職
2013.08 右乳房全摘
2013.09 抗がん剤治療(TC4回)
2013.12 フェマーラ開始
2014.02 職場復帰
2014.07 リンパ浮腫完治を目指しLVAを受ける。
東京大学医学部附属病院にて

それまでの諸々

2011年 椎間板ヘルニア手術から寝たきりに
筋筋膜性疼痛症候群で
加茂整形外科に4ヶ月入院。救われる

2000.07 異型狭心症で終身服薬の身の上に

1995.00 胆石で度々発作で腹腔鏡で胆嚢摘出


たくさんの方に支えられなんとか生きる道模索中

旦那大好き

料理は全く出来ません。掃除も上手くない。
洗濯が好きっ。

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