みおくりかた

脱水で入院していたジィジ

退院して2週間


妹と母は眠れません。


オムツの中で排尿出来ず1時間おきに
トイレ、トイレ、トイレ

しかも一人ではベッドサイドの
ポータブルトイレにも行けないくらい
フラフラなので母が介助しています。

妹が介助しようとしても「NO」
母がいい、と。嗚呼頑固。
母自身も
そうしたいから、と。嗚呼頑固。


で、脚の痛い86歳の母を妹がハラハラ補助


つまり二人共、毎夜毎夜1時間おきに
ジィジのトイレで起こされ

もう限界な中ジィジは

「飲めない、食べたくない」となり




水すら飲もうとしなくなり昨日また

緊急入院



ジィジには

気力とか努力しようという気はあまりない。


そして入院も嫌だ、嫌だ


トイレに行かせてもらえない
(オムツでしてくださいと言われる)

食べて、と言われる

食べさせてくれない(自分で出来るのに)

みな愛想がない(何様?)




ジィジ、甘えん坊

バァバ、自分が世話したい姉さま
他人拒否のチョー頑固

妹、責任感バリバリの心配症


疲れない訳がない



そうこうしている間に
病院から転倒、と連絡あり


オムツで排尿出来ない

やむなくポータブルトイレに座らせてもらい

都度20分以上座りこんで排尿

あまりの長トイレに看護師は付き添いも出来かね


終わったらナースコール
絶対呼ぶようにと言われたのに

フラフラなのに勝手に立って

挙句、、転倒




個室空いたので、移り

緊急措置で家族がトイレ介助となりました

※妹と私はシフト制にしようかと。


が、台風の中

母が行きたい、行く、という



妹だけで行かせる気はないらしく

台風でタクシーもなく

ツバメさんは仕事で戻れず



奈良の親戚に頼むことに 


そこまでして母は父の世話をしたいらしい

一晩だけでも妹に任せられないのか

腹立ちに似た気持ちが湧いてきてしまいます。


※導尿は前立腺肥大ゆえ入れたら抜けなくなるかも知れず明日検査してから。




オムツでしたくない、っていうのは
けっしてワガママではないと思う。

入院したくないのもワガママではないと思う


母が、自力で看取りたいのもワガママではないと思う。

家で死にたい、死なせたいと思うのは
ある種今の後期高齢者の宿願かもしれない




※コメントお返事なかなか出来ないと思います

縁さん、元気ですか?


縁さん

わたし、だいぶ髪が増えましたよ。

あとはデコの生え際とかコメカミがしょぼいくらいです。





昨日は名犬ラッシーのDVD観ました。
縁さんなら、あれみて何て言うかなあ。


縁さんもリアルタイムで観てたのかしらん。





ひょっこりひょうたん島、観てましたか?
チロリン村観てましたか?


チロリン村とくるみの木

黒柳徹子でしたね、、、




縁さん、今、何をみてらっしゃるんだろう

何してらっしゃるんだろう



絶対、のんびりなんかしてないと思うな

きっと行きたい時に行きたいところに

花の香りのように5月の空を駆けていらっしゃっるんだろうなあ



わたし、頑張ってます

生きていくことは生半なことではありませんが

取り敢えず頑張ってる方だと自分で誉めておきます。



縁さん

また一年、見ててくださいね

来年はもう少し気の利いたこと言えたらいいな









健康とは

世界保険機構の言う「健康」の定義

"Health is a state of complete physical, mental and social well - being and not merely the absence of disease or infirmity."

健康とは、完全に、

身体、精神、及び社会的によい(安寧な)状態で
あることを意味し、

単に病気ではないとか、虚弱でないということではない

つまり


WHOが目指してる健康ってぇのは

病気はなくて

身体が弱いのよ、ってぇのもなく、

障害もなく、体力が活発な社会生活を楽しむに
必要充分なだけあり

適切な教育を受けて

家庭や職場に恵まれ、隣近所も国も平和で

安心できる人間関係があり

だからして精神的にも安定している状態


だという。


まあ、「社会的な健康」

世界中がこうなったら素晴らしい。



1999年にはさらに「提案されたがまだ審議には至ってないが」

スピリチュアルの安寧も加えている。




健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない。

という。



原文

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.


WHOの言わんとすることはわかるが

ハードル高っけ~




WHOの目指す健康ってのはどうやら

平和な国家に

障害や疾病を持たず


中産階級以上の堅実で健康な両親の元にうまれるという

非常に恵まれたスタートでないと
なれない気がする。

生涯後遺症が残るような不遇の事故にもあわず
思いがけない治らぬ病を得ることなく

そんでもって精神を病むほどの出来事にも出くわさずに

人生を歩いてっても転ばず

人間の皮を被った悪魔や鬼畜にも出逢わない
慎重かつ堅実な生きかたをし

争いごとに首を突っ込まず

いや、そんな目にあっても深い懐と鋼のような
強靭な精神力があるから傷つかず、眠れない程
悩まず、振り回されず

と、いうことだな。






ただ


これは「健康」の定義であり

「幸福」の定義ではない



また人間らしく生きるってのともベクトルが違う




そう考えるに幸せとは

人生の目標とは




ハードルが低いような高いような

簡単なような難しいような



得難いような、すぐそばにあるような




わたし次第なんだな、と思う。






はしり梅雨

濡れて

とけてしまえ






燃え上がる後悔や


生きていられぬ思いも


みな濡れて

とけてしまえ



ああ

時が迫る


仮面だけが濡れてとける



生きていられぬ思いも

とけてしまえ



わたしごと

とけてしまえ



仮面の下のわたしごと






冬のさくら







本当の冬、間近


さくらの枝

花芽



去年師走

乳がんに疲れ果て
リンパ浮腫にとり憑かれ
文字通り、骨を折り


筋筋膜性疼痛症候群が再発し


わたしは壊れた



この1年で、毎日、毎日


早く良くならなければと、あがくうち



春がきて

夏が過ぎ

秋を迎えた





そして






去年の今ごろ、わたしはこのさくらの枝と同じだと思った


かつてあった自慢のものや

努力して咲かせたものはすでに散り去り

枯れた葉さえ、木枯らしに奪われ

ただ、風に吹かれ凍え終わるのだ、と




だか、それは違う

違っていた




冬のさなか

さくらは枝先に花芽を抱く

みる人もない寒空、

さくらは

太陽を見ている





そうして、花芽は


エナジーをその身に集め少しづつ少しづつ


冬の次に必ずくる春をつかみとる


またあの春の日に


ざん、と見事に咲けるよう


陽に向かい生きるのだ






わたしの花芽


来年の花は

まだまだ枝振りは頼りないかもしれないが

その次の春

またその次の春を経て




いつかわたしは、ざん、と咲く



生きよう。






プロフィール

リセット

Author:リセット
2013年 7月からの新米乳がん患者。

2013.07 告知
2013.08 休職
2013.08 右乳房全摘
2013.09 抗がん剤治療(TC4回)
2013.12 フェマーラ開始
2014.02 職場復帰
2014.07 リンパ浮腫完治を目指しLVAを受ける。
東京大学医学部附属病院にて

それまでの諸々

2011年 椎間板ヘルニア手術から寝たきりに
筋筋膜性疼痛症候群で
加茂整形外科に4ヶ月入院。救われる

2000.07 異型狭心症で終身服薬の身の上に

1995.00 胆石で度々発作で腹腔鏡で胆嚢摘出


たくさんの方に支えられなんとか生きる道模索中

旦那大好き

料理は全く出来ません。掃除も上手くない。
洗濯が好きっ。

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