旦那、手術までの軌跡その1←大袈裟か?‼

旦那、この25年ほど

脂濃い食事をとったりお酒が過ぎる→背部痛、心窩痛、下痢、お尻出血


ここ3~4年

お腹がはり、痛み、背骨痛い、めまい、貧血
頭痛、腰痛、体重減少、倦怠感
たまにわたしの付き添いでの
待ち時間に血圧計で測ると170やら200


血族3等親、癌多発。


わたしでなくても、ここに来て下さる皆さんでも
大いに心配になりますよね?




再三、医者に行けば?と言っても


30年前にかかった若い医師が非常に高圧的で
下手くそな胃カメラで悶絶させたあげく

所見も説明せずめっちゃ偉そうに
生活習慣の悪さをあげつらって罵倒されて。

今で言う、ドクハラです。

以来30年、どんなにしんどくても医者には
掛かろうとせず、薬も拒絶



(ToT)


彼のお父さまは肝硬変でまだ若くしてなくなり

お母さまは体調不良を医師に訴え続けるも
考えられない誤診、手抜き診療、検査もされず
年配者の不定愁訴扱いを受け、
癌は否定され続け、蔑ろにされ
転院したときには癌末期で検査すら出来ず亡くなった。

闘うすべをもたないまま、
ご両親を看取ったお姉さんは

身体の違和感から
ガンを自分で疑うも誰にも言わず頼らず
医者に行かず、民間療法に心身を没頭させた


全身に癌が転移し、最後の力をふりしぼり
ようやく出したSOSで救急搬送

搬送先の医師から
死の恐怖より医療への恐怖や不信感が
大きかったのですね、と
痛ましそうに言われ、わずか1週間で亡くなった。




そんな家族を見送った彼、の嫁(わたし)

どんどこどんどこ重病難病奇病にかかる

病気以外にも試練コレクションかというくらい
いろいろな目にあう嫁




が、


嫁はある時を境になぜか突撃女になって

旦那は振り回されはじめた。



筋筋膜性疼痛症候群では北陸に
加茂先生を見いだし、突如
見知らぬ街の見知らぬ病院に入院するという。

しかたなく、歩けない嫁を車で運ぶ旦那


乳ガン治療では最初の医者を蹴飛ばし
乳主治医にたどり着いたはいいが、遠いから
やはりヘロヘロな嫁を車で運ぶ旦那

疼痛でも電車に乗れなくなった嫁を
麻酔科医やリハビリセンターに運ぶ日々。

リンパ浮腫、東京まで突撃してしまった嫁の
LVAに立ち会うためだけのなんの楽しみもない東京一泊二日

挙げ句、生駒山になんだかよくわからない謎の
鍼灸に通うため嫁を運ぶ


そんなこんなで、あちこちに嫁を運びながら


彼は実に5年あまり

医者と患者(嫁)をすぐそばで見続けた。






そんなある日

やはり嫁を運んだマグロ大学での待ち時間に
パンフ見ながら
オレ、PET-CTやったらしてみようかなあ

なんて言う。

( ・∀・)


うん、じゃあ受診しよ?と聞くと

嫌だ。



(゜ロ゜) ちっ。




また1年経過→症状悪化

だんだん仕事にも影響が出始めるが医者に行かない。医者では病気を治せない、と。




だが、しかし、だが、しかし


そんな昨年10月



とある夜。





なんでそんな辛いのに、医者行かへんの?



だって医者は偉そうやし、よう治さんやん

薬も飲んだって治らんし

胃カメラも苦しいだけやんか




ふ~ん。

加茂先生とか乳主治医○○先生は偉そうちゃうやろ?



まあな、アンタには合ってるわ



加茂先生んとこはCTないからなあ


○○乳主治医やったら診てもらってもいいん?


うん、まあな。

けど乳腺やからなあ(安心笑い)

オレは行かれへんしな~(^-^)



じゃあ、乳主治医先生診てくれたら行くん?


ははは( ≧∀≦)ノ。行くで~

乳腺受付で断られるけどな。わははは( ≧∀≦)ノ





ふうん。。。


今、言うたよな? 行く、、って、、、言うたよな、、



To be contonued in our next number.









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あはっ♪次回

わかるわかる だんなっちの気持ち
ご家族を目の当たりにして不信感満載やったね だけど チョービビりの優しい嫁が(笑)あれよあれよとあちこち弾丸のようにとびだすなかで、いろんな事を考え始めたんやろね  放射線に通院中にちょうどお正月で休みだったので送ってきた 連れ合いは地下に降りる薄暗い階段を毎日来てるのを実感したようで、時間を作ってくれてましたが、しみじみと「こんなところに来てるん」やて(-.-) 毎日元気に通ってますがなにか?って感じだったけど(爆)わたし自身は変なハイテンションで過ごしてたような?まさかの告知から解き放たれた気がしてました!後々かなりの凹みに悩むとはつゆしらず(。>д<)まずは順調に回復なさいますように

ちーねぇ、お互いビビリの優しい嫁やねぇ

ちーねぇ、告知ハイになるよね。なんか、妙なテンションでね。わかるわあ~。
病院って普通、ロビーやら受付やら待ち合いは賑わってるけど、放射せん治療室とか外来抗がん剤室とかなんか
ある意味異様に見えるからね。

ちーねぇの旦那さま、胸に迫るものを感じたのね。
優しい方なんやなあ。
うちの旦那もいろいろ考えてくれてたみたいです。

No title

旦那様 ようがんばりはりましたな~。
こんな言いまわしがあてはまるような気がしまして。

時々 何でこの人だけがこんな巡り合わせに?
と 思うときが有ります。どれだけ試練を与えるのか?

でも 試練の先に良いことが。
長い道のりを進んだら ステキなファミリーが一致団結して
新しい 希望に向かおうとしている。


医者嫌いは私でした。
病院のイメージが良くなかった。
母は病院に殺されたと今でも思っています。
もしかするとそうかも と思いながら10年放置してました。
でもその母の入院で病院というものに馴れたのも事実です。
心配させる両親がなくなり リンパにしこりを見つけて
はじめてヤバイ😱💧と。

相方は早くに義父がくも膜下でたおれたため
逆に自分の体調には神経質ですぐ病院にいきます。
前立腺もそのお陰では初期段階でやっつけられました。

でも家族の次から次への不幸を一人で対応していたので
何でこの人だけが と思いました。

今は私の姉妹たちが大事にし かつ頼っています。
我が家も一致団結しガンバります❗

きいはむさん、こんばんは

>旦那様 ようがんばりはりましたな~。
ふふ。苦手を通り越して軽蔑してましたからね~。
厄介な男です。
と、今は、無事だったから悪態もつけます。

>医者嫌いは私でした。

きいはむさん。わたし自分がガンなって旦那のお姉さんの気持ち、少しだけどわかります。
強いとか弱いではないですよね。
その人そのものにはなれないのだから
理解してるなんて言えないけど、少しだけわたしの中にもあるんです。
だから旦那の気持ち、敢えて知らないふりしました。

きいはむさんも深い試練と向き合ったんですよね。
だからいろんな人の気持ちわかるんですよね。

>我が家も一致団結しガンバります❗
うん(≡゚∀゚≡)
きいはむさん、がんばれー
ここに来てくれる人、みんながんばれー
プロフィール

リセット

Author:リセット
2013年 7月からの新米乳がん患者。

2013.07 告知
2013.08 休職
2013.08 右乳房全摘
2013.09 抗がん剤治療(TC4回)
2013.12 フェマーラ開始
2014.02 職場復帰
2014.07 リンパ浮腫完治を目指しLVAを受ける。
東京大学医学部附属病院にて

それまでの諸々

2011年 椎間板ヘルニア手術から寝たきりに
筋筋膜性疼痛症候群で
加茂整形外科に4ヶ月入院。救われる

2000.07 異型狭心症で終身服薬の身の上に

1995.00 胆石で度々発作で腹腔鏡で胆嚢摘出


たくさんの方に支えられなんとか生きる道模索中

旦那大好き

料理は全く出来ません。掃除も上手くない。
洗濯が好きっ。

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