⑩筋筋膜性疼痛症候群 治療

加茂での治療は

〈トリガーポイントブロック注射〉
 加茂では注射を打つ場所は
 5~70、80ヶ所近くにもなります。
 (上下半身共とかなら多い)

 トリガーポイントブロックは
 ネオビタカインなどの局所麻酔薬を
 ほんの少量筋肉に打ちます。

※麻酔薬は、痛みを和らげるためではなく

 硬くなっている筋肉を一時的に緩め
 血流を促進、その場所に溜まっている
 発痛物質(ブラジキニン等)を自分の
 力で流し去るためです。

 これを繰り返すことで
 だんだんと発痛物質がたまらない身体
 にしていきます。

 そうこうしているうちに、
 筋肉は柔軟性を取り戻します。

 なのである程度は継続して繰り返しの
 治療が必要です。

 回数は
 一回で治る方、数年かかる方、色々

 やってみないと分かりません。

※数年前から筋肉にとどまらず
「筋膜リリース」というのも取り入れる
 病院もでています。
 これについてはよくわかりません。

 加茂整形では毎日トリガーうてますが
 大阪や神戸は週に一回
 たいてい数カ所でおしまい

 わたしは今も定期的なメンテナンスに
 ある診療所に月に2回程通っています。

 ペインクリニックは
 月に10回などというのもあります。

 ※数が少ないとどこに打つかが重要に
  なるので外れた場所に打たれたら
  つまり知識がない医師にかかると
  あんまり、いや、全く効かない(笑)

〈服薬〉

鎮痛剤は、軽いのならカロナールから
医療用麻薬まで色々、オピオイドやモルヒネまで

抗うつ剤もその方との相性

これは本当に相性が大事で加茂先生は
患者の顔見て話を聞いて、だいたいどの
抗うつ剤が効くか決めていらっしゃるようです。
わたしの知る限りでも5種類以上は
使い分けていらっしゃるんじゃないかな

※加茂先生は心療内科医でもあります。


〈環境、生活〉
 
 加茂整形にはリハビリの先生がいらして
 かなり痛~い&気持ちいいマッサージを
 受けることが出来ますが、
 リハビリの先生は手技だけでなく話でも
 癒やしてくれます。

 話を聞く、話をしてくれる、、、
 診察室では話が出来ない方もこちらで。


加茂整形の周囲は「基本、畑(笑)」
自然の中で散歩したり瞑想したり

入院生活は加茂先生の方針でまあまあ自由です。(常識の範囲ですよ)


だって患者の多くは
「やらねば、あらねば病」にかかっていますから止めたってやります(笑)

わたしもご他聞に漏れず
「やらなければ」タイプだったので
先生からは
「わたしが頑張るからあなたは頑張らなくていいじゃない」と言われました。


ただ、お任せだけで勉強もしないで
「さあ治せ」タイプもあんまり良くない

繰り返しちゃうタイプだわね


心については、ゆっくりして
自分の考え方の癖を知ることでしょうかね

あとは
身体を動かし心を休めましょう←これが一番難しい


うひょ! こないだの会社女子会(笑)にて
チーズフォンデュ



⑨筋筋膜性疼痛症候群 石川暮らし 卒業 サンダーバードに乗る

退院の朝

みんなが玄関まで出てきて見送ってくれた

わたしはヒールのブーツを履き卒業した


駅まで車で5分
サンダーバードとJRとバスに乗り継ぎ
家まで3時間半

旦那が大阪駅まで迎えにきた



人、人、人、歩く、曲る、上がる、下がる
座る、歩く

ああ、出来る、出来るよ、先生、出来たよ




家について痛む足腰にビビりながら
大丈夫、大丈夫とつぶやいて寝た

明日からは加茂先生がいないんだと思うと
情けないくらい怖かった



〈症状について〉

筋筋膜性疼痛症候群と線維筋痛症は
良く似ています。(病名長いから、筋筋膜に略)

わたしの脚にいっぱいあったコブは
「筋硬結」というものです。

筋筋膜では出ますが
線維筋痛症ではあまりでない

目眩、吐き気、胃腸障害、血圧異常、関節の不具合、自律神経系の不具合、ホルモン分泌異常、慢性疲労症候群、胃腸障害などは線維筋痛症に合併しやすい

うつ病はどちらも合併しやすい

指で押すと痛い「圧痛点」の数で
線維筋痛症と筋筋膜は分かれる

などなど違いはあれど基本的に
身体が不自由になり痛みで日常生活ができなくなります。


わたしのはこれでまだ「中程度」です。


筋筋膜で「寝たきり」の方にもお会いしました。

這ってお風呂に入っていたそうです。


線維筋痛症、筋筋膜が直接の原因で亡くなることはありませんが

自死はあります。

わたしの入院仲間は3人亡くなりました。
就労まで回復できない方は多いです。


そんな病です。


しかし、その何倍も何十倍も

良くなっている方はいるのです。

わたしもその一人です。



加茂先生はこの病の本当の怖さを知っているから

ご自身の命を削って

慢性疼痛の患者を救おうとされています。

この数年で少しづつ
慢性疼痛への医学界の理解も進みましたが

まだまだ

ヘルニアは手術で治す
ヘルニアが痛みの原因
脊椎間狭窄症も手術で治す
痛いのは気の持ちよう
甘えが痛みを増強している
ヒマだから痛みのことばかり考えるんだ

画像に異常がなければ痛いと言われてもとりあわない、信じない、治療しない医師

湿布とロキソニンかリリカ出してお茶を濁す医師


様子を見る、、、
時間が薬、、、

今々、息が出来ないほどの痛みや不具合に喘ぐ患者には残酷な言葉です。


外見は元気そうにみえます。
優先座席に座れば白い目で見られるでしょう。

「ただの腰痛」で半年休職したわたしは
昇進取り消し、給与は下がりました。
完全復帰しても給与は戻らない←ブラック


わたしや友人の場合(退院してしばらくの状態)


心配されるのは重くて、から元気で明るくしています。

長話に付き合うのは疲れます。
出来れば横になっていたいと思います。
着替えて化粧して靴を履いて、、と考えるだけで萎えます。
電話は頭痛や耳鳴りを起こすし口渇でつらいです。
電車に乗るのは苦痛
先の約束は体調次第だから出来ません。
人のペースに合わすと寝込みます。
人混みは嫌い
眩しいとつらい
一人は怖い
いつまでも治らないと世間やみんなに見離されるんじゃないかと怖い
加茂整形に帰りたい




まあ、色々ありましたが

ご存知のように今は元気になりました。

同じ病気の皆さん

長い夜はあっても明けない夜はないです。

地味な回復ですし、一進一退かもしれません。
治療にはお金もかかるし、入院しても民間保険が出にくい(出ない訳ではない)病気です。

解ってくれる医療機関や医師を探すだけでも病気がひどくなりそうですが(笑)
ここはひとつ踏ん張って探しましょう。

よく、、、
「諦めないで」とか言われるでしょうが
こんなつらいのに諦める人なんか居ないよね
慣れる人なんかいないよね

無視、無視

遠慮なく話が出来る人、いたらうれしいね

出来たらダラダラしながら(笑)


ではでは、このシリーズもいよいよ次で最終です。

わたしの受けた、あるいは今も続けている治療について書こうと思います。





〈上等な卵かけご飯〉




⑧筋筋膜性疼痛症候群 その時の身体と心

帰ろうと決めた時の状況と、帰るためにクリアしなければいけない条件

〈座る〉

石川初日→椅子から金属の棒が突き出ているように感じて痛くて5分しか座れない

この頃→硬いパイプ椅子なら20分くらい座れた
ソファは一切だめ

目標→
電車で片道三時間をクリアするためには
せめて30分座り続ける事

_____________

〈歩き〉
初日→杖をついて
直線で10メートル以上歩くと脚や腰が激痛

この頃→杖なしで20分なら歩けた
目標→休みながらでも60分

______________

〈曲がる、ターン〉

初日→カーブは曲がれない
この頃→1回くらいなら曲がれた
目標→人混みでも曲がれる

______________

〈しゃがむ〉

初日→全く無理
この頃→こわごわなら
目標→切符を落としても拾えるように

_____________

〈階段〉

初日→全くだめ
この頃→二段くらいなら
目標→ワンフロア分



これだけをクリアしたら電車で大阪まで
帰り、日常生活がなんとかやれる


そう考え、ここまで目標設定してみて
あれ? これはあと半月では無理だ、と思い

結局もうひと月後に退院と再設定

目標に向かって色々チャレンジしだした。



買い物に毎日歩いて行く
距離は意識して少しづつ増やす
病室の掃除をする
外出許可をもらい電車にのる練習をする
カラオケボックスに行って座る練習
なるべく横にならない
食事をなるべくゆっくり座ってする
(目標30分)


そして

痛くなれば加茂先生がなんとかしてくれる
大丈夫、大丈夫、と言い聞かせながら
日々チャレンジした



かたや心の方は

会社が怖かった


完全に会社というか社会と断絶した
ある意味浮世離れした入院生活を送っていたから
さて、現世に帰るとなると不安と焦燥とが激しく、懐かしさなど微塵もなかった

またあの世界に帰るのか

わたしを追い詰めた
モラハラ渦巻くブラックな職場に
復帰するのか

出来るのか?

もはや仕事漬けにはなれない身体になり
一人の生活に戻った時の虚しさに耐えられるのか

自分の居場所
自分への評価
自分の身を大切にするとは、、、なんだ?!

まだわからないことだらけだった

出来るのか
やっていけるのか

わたしは変われたのか
また元の木阿弥になるんじゃないか

やれること
やらないといけないこと
やらなくていいこと

区別はつくのか

「ノー、と言えるのか」


いくら考えても堂々巡りだった




加茂先生がまた本を貸してくれた
「あなたみたいな人のことがいっぱい書かれている」

”夏樹静子 心療内科をたずねて”


何度も読んで


「真面目」という茨
「後悔」という毒
「自虐」という麻薬
「孤独」という枷
「責任感」という自縄自縛

それらのものには
帰ってからゆっくり向き合おうと思った


そして加茂整形入院から丸々4か月

ヘルニアもどき入院から7か月


ついに退院の朝が来た







〈すくすく育つムスカリさん〉






⑦筋筋膜性疼痛症候群 石川暮らし

旦那が帰り

本格的な入院生活が始まった
会社にはとりあえず一ヶ月の休職願を提出


先生が
ゆっくりしなさい、遊びなさい、脅迫的に歩かなければと思わないでいい、と言って下さって

わたしはひたすら自分の癒やしと治療だけに専念した

朝と夕方、トリガーポイントブロックを受け、抗うつ剤と抗痙攣剤を飲み
やれる事、やりたい事だけしてやりたくないことはしない努力をした

努力してブレーキをかけなければ
わたしは働こうとするから

会社からたくさん電話が入ったが先生や看護師さんが断ってくれた

携帯はオフにした

まずは自分を大切にする勉強から始めなければならなかった

大切にするという意味がわからない

「本心からやりたいこと」と
「やらなければならないこと」と
「やらなければならないと思い込んでいること」

 の区別がつかなかった


少しづつ座れる時間が分単位で延びた
歩ける距離がのびてきた

15分、、、食事が最後まで座って取れるようになった頃

わたしは遊びだした

いっぱい遊んだ
思いつく限りの遊びを楽しんだ

もうひと月休職願を提出した

わたしが遊ぶと先生は喜んでくれた
同じ部屋の四人で遊びだした

毎日、毎日、笑い、泣き、また笑って暮らした

東京からきた男の子と外国からきた男の子と友達になり遊びだした

他の人のマーキングを手伝うようになり
みんなと仲良くなり

みんなで遊びだした

またひと月休職願を提出した

あっという間に三ヶ月がたち

「さあ、いつ帰ろう」と思った



外界に帰ることに不安が大きくて決断出来ずにいた


以前先生に「入院はどのくらいかかりますか?」と聞いたら

「自分で決めたらいいよ」と言われた



ある朝散歩に出たら


虹が出ていた


それで


さあ、帰ろう、と思った


その次の朝、先生に言った

「先生、虹を見ました。今月末で退院します」

それからの半月で帰る準備をしはじめた



⑥筋筋膜性疼痛症候群 石川暮らし最初の1週間

ドアを開けるとそこにあの方がいた

加茂整形外科 院長 加茂淳先生



はい~、そこに寝て
脱いで、、
ああ、なるほど
ここは痛い?ここは?
触診が続く

○○を○本、○を○で


先生は私を触診しながら優しく言う


大丈夫、良くなりますよ


力強く断言され、にこぉっと笑う先生

何箇所も注射されたように思うがあまり覚えていない

覚えているのは


先生の笑顔と「大丈夫、良くなる」の言葉



身支度してコルセットをはめようとしたら

「もういりませんよ」
「えっ!?」
「外してごらん、大丈夫だから」

わたしが泣きそうな顔でコルセットを旦那に預けると
旦那は満面の笑みで受け取る

先生も笑ってる
旦那が笑ってる

わたしもなぜだか泣き笑いになった


そのまま入院
部屋にいくと四人部屋で三人の方がいた

部屋についてベッドに横になると
安心したからか心の澱が吹き出した

「貴方のせいだ」
「貴方が悪い」
「貴方がわたしをこんなにした」
「貴方が悪い」
「貴方が悪い」

旦那に向かって吐き出した
そして泣いた

旦那は「わかった、わかった」といった



夜、食堂にいくと

同じように立ったままご飯を食べる人が二人いた

痛くて座れない人、わたしと同じだ

伝い歩きをしている人
ベッドから起き上がってこない人
首が痛くて下を向く度に顔をしかめる人
手が痛いのか、皿ごと食べる人

一様にみな社会では奇異の目で見られるだろう食べ方だ

そしてみな食事は労苦であるかのようだ



ああ、わたしはこういう病気になったんだ
と思った


眠れぬまま一夜明け
加茂整形の朝は忙しい

院長回診に備え、身体に印をつける人
(トリガー注射をして欲しい場所をマジックなどでマーキング)


身支度して、ご飯を食べ、またマーキングをチェックして待つ

旦那が石川に滞在してくれたので
その間マーキングは毎朝旦那がやってくれた



次の日の朝の先生

「抗うつ剤だすから飲む?」

へ? わたし痛いだけでウツではないのに
と思い

いいえ、と答え
抗痙攣剤だけ飲むことになった



その日の夕方

先生が病室にきて一冊の本を貸してくれた

「これね、読んでごらんなさい」

その本は ”夏樹静子 椅子がこわい”

まだ痛くて寝ているしかなくてその本を手にした

一度、二度、、 読んだ

次の日の朝、また先生が聞いた

「抗うつ剤出すけど飲みますか?」

わたしは「はい」と答え処方してもらった



1週間というか、実質5日しかベッドが空かない約束だったから

すぐにその日が来た


旦那がどうするの?と聞く
どうもこうもベッドを空けて帰るしかない


看護師長がわたしに言った

「先生にお願いしなさい、あなたずっと泣いてるじゃない、解ってる? ずっと泣いてるのよ。 自分じゃ気がついていないんじゃないの? まだ帰ったらダメ。 もっと居させて下さいってお願いしなさい。 ほら今だってそんなに泣いてるじゃないの?!」

「い、良いんですか? こんなわたしで良いんですか? 居させてもらえるんですか?」

「いいからっ! 先生に言いなさい!」


その日の朝、わたしは泣きながら先生に言ったらしい(自分では覚えていない)



そして旦那は一人で帰り

4か月にわたる石川暮らしが始まった








プロフィール

リセット

Author:リセット
2013年 7月からの新米乳がん患者。

2013.07 告知
2013.08 休職
2013.08 右乳房全摘
2013.09 抗がん剤治療(TC4回)
2013.12 フェマーラ開始
2014.02 職場復帰
2014.07 リンパ浮腫完治を目指しLVAを受ける。
東京大学医学部附属病院にて

それまでの諸々

2011年 椎間板ヘルニア手術から寝たきりに
筋筋膜性疼痛症候群で
加茂整形外科に4ヶ月入院。救われる

2000.07 異型狭心症で終身服薬の身の上に

1995.00 胆石で度々発作で腹腔鏡で胆嚢摘出


たくさんの方に支えられなんとか生きる道模索中

旦那大好き

料理は全く出来ません。掃除も上手くない。
洗濯が好きっ。

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